「やる気が出たら」では動けない ― フードデリバリーを3年続けてわかったこと

「やる気が出たら」では動けない。フードデリバリーを3年続けてわかった、やる気ではなく行動から始める続け方 フードデリバリー

稼働に出る前、面倒くさいと思ってしまう時がある。

でも、渋々でも準備をして、自転車を漕ぎ出してしまうと、不思議と楽しくなってくる。気づけば5〜6時間、普通に走っている。あれだけ面倒だと思っていたのに、だ。

この記事は、続け方の正解を教えるものではない。僕自身、3年間フードデリバリーをなんとか続けてきた中で感じてきたことを書きたいと思う。うまくいっていることも、うまくいかなかったことも、両方そのまま書く。

止まっている自転車は、動かすには力がいる

一度でも自転車に乗ったことがある人なら、共感してもらえると思う。自転車で走っているときに、ペダルを漕ぐ際は比較的軽い力で済む。でも一度止まると、動き出すための最初の一漕ぎはひどく重い。

続けることも、これと同じだと思っている。

僕は電動アシスト自転車で配達している。アシストがあっても、止まった状態から漕ぎ出すときは、やっぱり自分から踏みこまないと始まらない。そして、一度動き出せばずっと軽いまま、というわけではない。走っている状態を維持するにも力は必要だし、信号や一時停止などで止まれば、そのたびに、また漕ぎ出さないといけない。

もちろん、止まること自体が悪いわけではない。問題は、止まったまま動かなくなることだ。

一番重いのは、最初の一歩

止まった自転車を動かすのは重い。でも、それよりもっと重いものがある。まだ一度も走ったことのない道へ、踏み出す最初の一歩だ。

僕がUber Eatsに登録してから、初めて稼働に出るまで、約3週間かかった。詳しくは別の記事で書いている。

登録した時はやる気があったはずなのに、日が経つほどに熱は冷めていった。あれこれ考えすぎて動けなかったし、本業が忙しいことを言い訳にもした。

結局、最後に僕を動かしたのは、やる気ではなかった。月末に迫った支払いだった。頭で考えるより先に、体が動いていた。今思えば、あれが最初の一漕ぎだった。

Uber Eatsを始めた日、1日の売上は600円だった

サボりは、特別な事件じゃない

ここまで読むと、僕がずっと順調に走り続けてきたように聞こえるかもしれない。まったくそんなことはない。

サボりは、これまで何度もあった。特別な一度きりの出来事ではなくて、日常のあちこちに、止まらせようとする誘惑が潜んでいる。今日は疲れたから、雨だから、少しだけ休んでも。そういう小さな声は、いつでも聞こえてくる。

ここで、はっきり分けておきたい。休養と、サボりは別物だ。体が本当に休みを求めている時に休むのは、悪いことじゃない。むしろ、続けるために必要な休みだ。それはサボりではない。

サボりというのは、そうじゃない方だ。動けるのに、なんとなく止まってしまう。最初は「今日も稼働しよう」と思っていたのに、動画を見始めたら止まらなくなって、気づけば時間が溶けている。いつのまにかサボってしまっている。

この二つの線引きが、自分でも難しい。別物のはずなのに、休んでいる時は、どっちなのか自分でもわからない。以前、6月の稼働を振り返った時、僕は「体が動かないほどではなかったのに休んだ」と書いた。最初の一日は休養だったが、その後ずるずると、いつのまにかサボりに変わっていた。

動き続けるほど軽く、止まると重い。連続でサボると慣性が落ちて、再起動に大きな力がいることを示したイメージ図

慣性は、こうして落ちていく

サボりが厄介なのは、一度サボると、次の日もサボりやすくなることだ。

一日休むというのは、自転車で例えるなら、漕ぐのをやめて惰性で走っている状態だ。時間が経つごとに、スピードは少しずつ落ちていく。慣性が、落ちていくのだ。それでも、一日くらいなら落ち方はわずかで、翌日に意識して走り出せば、わりと元に戻せる。

戻しづらくなるのは、そこでまた休んだ時だ。二日、三日と続くと、慣性はどんどん落ちていく。ずるずるとサボる日が続くほど、元のスピードに戻すために必要なエネルギーは、増えていく。落ちきってから動かすのは、本当に重い。

だから、休んだ次の日が大事なんだと思う。念のため書いておくと、これは「ずるずるとサボり続けた」場合の話だ。意図して取った休養は、これとは別で、休んだこと自体を責める必要はない。落ちた慣性を、翌日また少し上げる。それだけのことだ。

やる気は、動いてから出てくる

何かを始めるとき、「やる気が出ない」からと、動けないことがある。やる気が湧いてから動こう、と思っているうちに、結局その日は何もしない。誰にでも覚えがあると思う。

でも、順番はむしろ逆なのかもしれない。心理学に、行動活性化(Behavioral Activation)という考え方がある。もともとはうつの治療法として発展したもので、気分が整うのを待つのではなく、先に行動を起こすことで、気分が後からついてくるという原理に立っている。気分が良くなる前に、まず行動の変化が起きる――その順番が、慎重な研究で確かめられているという※1。治療法としても、抗うつ薬に匹敵する効果が報告されている※2。もちろん僕はうつの話をしているわけではないし、これは医学的なアドバイスでもない。

ただ、この「動けば気分が後からついてくる」という順番は、僕が日々の稼働で感じている「動けば、やる気が後から出てくる」と同じことだと思う。冒頭に書いた通り、稼働前に面倒だと思っても、漕ぎ出してしまえば楽しくなる。やる気は、走り出したあとから追いついてくる。やる気が湧くのを待っていても、たぶん動き出せない。

やる気を待つと回らない回路と、行動から始めて回り出す好循環を左右で対比したイメージ図

まず、着替えるだけでいい

とはいえ、いきなり「稼働に出る」と考えると、それが大きく感じて、動けなくなるかもしれない。

そういうときは、「稼働に出る」までを、細かい段階に分けてしまうといい。いきなり全部をやろうとするのではなく、その手前の小さな一歩に区切る。一歩が小さければ小さいほど、踏み出すのは軽くなる。

僕の場合は、まず「配達用の服に着替える」という小さな一歩から始めるようにしている。ただそれだけ。着替えると、不思議と「じゃあ、ちょっと行くか」という気持ちが、後からついてくる。やる気を出そうとするのではなく、やる気が出るきっかけになる小さな行動を、先に一つ済ませてしまう。

ただ、小さな一歩は踏み出すのが軽いぶん、そこで出てくるやる気も小さい。だから、そのやる気が消えないうちに、次の一歩を継いでいくことが大切なのだと思う。

着替えたら、次に、現金などを入れた小さなポシェットを身につける。モバイルバッテリーを用意して、配達バッグを持つ。そして、外に出る。一つひとつは、どれも大したことのない動作だ。でも、その小さな一歩を途切れさせずに継いでいくと、気づけば自転車を漕ぎ出している。

正直に書くと、服を着替えたけど、結局稼働できなかったこともある。小さな一歩を踏んだだけで、必ず動き出せるわけじゃない。それでも、着替えもしなかった日より、着替えた日の方が、動き出せる可能性はずっと高いと思う。

やる気が出るのを待つのではなく、行動する流れをつくる。「何時になったら稼働に出る」と、時間で決めてしまう。一日休んだ次の日は、意識して動くようにする。どれも、僕が実際にやっている工夫だ。そうやって続けていると、少しずつ、それが当たり前の習慣になっていく。

白状すると、この記事を書いている今の僕が、まさにその途中でつまずいている。

先週、7月10日から14日まで、僕は5日間、稼働を休んだ。前半の2日は、もともと予定していた休み。ここは問題ない。けれど後半の3日は、はっきり言ってサボりだった。動けたはずなのに、気づけば時間が溶けていた。慣性は、しっかり落ちた。

再び漕ぎ出したのは、7月15日だ。落ちた慣性を、また少しずつ上げているところで、この記事も、稼働を続けながら書いている。

もちろん、サボらないに越したことはない。でも、どれだけ気をつけても、ついサボる時はある。大事なのは、サボらないことより、サボったあとに、その状態を長引かせないことだ。止まっても、また漕ぎ出す。長い目で、続けていけるようにする。そのために、やる気ではなく、小さく動き出す仕組みを持っておく。

これはたぶん、フードデリバリーに限った話ではない。続けたいことや、目指したい目標は、人それぞれ違う。ずっと進み続けることができる人は、少ないと思う。時には立ち止まることもあるかもしれない。それでも、止まったらまた動き出す。それを繰り返すことが、続けるということなのだと思う。

僕もまだ、その繰り返しの途中にいる。

複利の奴隷から、成り上がるまで。


※1 Dimidjian, S. ほか(2006)ワシントン大学ほかの研究チームによる無作為化比較試験。Journal of Consulting and Clinical Psychology, 74(4), 658–670. DOI: 10.1037/0022-006X.74.4.658

※2 Cuijpers, P. ほか(2023)によるメタ分析。Psychotherapy Research, 33(7), 886–897. DOI: 10.1080/10503307.2023.2197630

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