お金の心配は、判断力を奪う? あのときの失敗は、能力の問題じゃなかったのかもしれない

お金の心配は、判断力を奪う? あのときの失敗は、能力の問題じゃなかったのかもしれない 借金返済の軌跡

借金が膨らんでいた頃、自分でも信じられないような判断ミスを、何度も重ねた。

今になって振り返っても、なぜあんな選択をしたのか、自分でもうまく説明できない。

自分はなぜ、こうも判断を誤るのか。長い間、その答えがわからなかった。

でも、ある研究を知って、少しだけ腑に落ちた。

今日は、その話を書いておきたい。

第1章:あの頃の、説明のつかない判断

借金の返済に追われていて、僕は二度、同じ種類の失敗をしている。

一度目は、情報商材を買ったとき。

楽して稼ぎたい。返済を少しでも早く終わらせたい。その気持ちが重なって、約100万円の情報商材に手を出した。冷静に考えればわかったはずのことが、あのときの僕には見えていなかった。

二度目は、せどりで仕入れをしたとき。

卸業者からの営業電話に乗って、約2年間、商品を仕入れ続けた。回数にして、約23回。結果は、約15万円の損失。「次こそは」と思いながら、不良在庫を積み上げていった。

それぞれの詳しい顛末は、別の記事に書いている。

情報商材に約100万使って気づいたこと。お金で、稼ぐ力は買えなかった

せどりの卸業者から営業電話。23回取引して約15万円の損失。でも、学びはあった

二つの失敗には、共通点がある。

どちらも、後から振り返ると、考えが足りていなかった。

そして、どちらのときも、僕は借金の返済に追われていた。

冷静なときなら気づけたはずの違和感を、あのときの僕は素通りしていた。目の前の「これで何とかなるかもしれない」しか見えず、周りが見えていなかった。

長く、僕は自分でも、その理由をうまく説明できずにいた。意志が弱いからか。学ばないからか。そう考えてみても、どこか腑に落ちないままだった。

でも、本当にそれだけだったのだろうか。

第2章:お金の心配は、脳のリソースを奪うという研究

そう思っていた頃に、ある研究を知った。

2013年に科学誌『Science』に発表された、「Poverty Impedes Cognitive Function(貧困は認知機能を妨げる)」という論文だ。ウォーリック、ハーバード、プリンストン、ブリティッシュコロンビアという、4つの大学の研究者による共同研究だという。

研究では、二つの調査が行われている。

一つは、ニュージャージーのショッピングモールで、買い物客に協力してもらった調査。もう一つは、インドの農家を対象にした調査だ。

インドの調査が、特に印象に残った。

同じ農家に、収穫前と収穫後で、それぞれ認知力を測る課題に取り組んでもらう。収穫前はお金がなく、収穫後はお金が入る。すると、同じ人なのに、お金がない収穫前のほうが、課題の成績が落ちたという。

ショッピングモールの調査では、こんなことも報告されている。

「車が壊れて、修理にこれだけかかる。あなたならどうしますか」という、お金にまつわる問いを考えてもらう。すると、そのあとに行った、お金とはまったく関係のない課題の成績まで落ちた。

お金の心配そのものが、注意力や考える力を奪っていく。研究は、そういう枠組みを示している。

第3章:「脳のリソース」という考え方

この研究を知って、僕の中で一つの言葉が腑に落ちた。

「脳のリソース」という考え方だ。

パソコンを使っているとき、裏でいくつものプログラムが動いていると、全体の動作が重くなる。表で開いているソフトに使える力が、その分だけ削られていく。

お金の心配も、それに似ているのかもしれない。

頭の片隅でずっと「来月の返済をどうしよう」と考え続けていると、その分、ほかのことに使えるリソースが減ってしまう。

ここで、誤解してほしくないことがある。

これは、「お金がない人は頭が悪い」という話ではない。

研究が示しているのは、能力そのものが下がるという話ではない。心配事に脳のリソースを奪われている間、本来持っている力を出しきれず、深く考えられなくなる。冷静なときなら選ばない判断を、してしまいやすくなる、ということだ。

その影響の大きさは、一晩徹夜したあとに頭を使うようなものだ、とたとえられることがある。睡眠不足のまま大事な判断をするようなものだと考えると、僕には少しわかる気がした。

第4章:この研究には、議論もある/でも、腑に落ちた

ここで、正直に書いておきたいことがある。

この研究には、学術的な反論もあるらしい。

統計の扱い方を変えると同じ結果が再現されにくい、という指摘や、お金の心配が判断に与える影響は特定の人たちに限った話ではないのではないか、という議論があるようだ。

だから僕は、この研究を「証明された事実」として振りかざすつもりはない。

ただ、それでも。

この研究の枠組みは、僕自身の実感と、不思議なほど重なった。

あのとき判断を誤ったのは、僕の能力の問題というより、お金の心配に頭のリソースを奪われていたからなのかもしれない。

そう考えると、長く自分を責め続けてきた気持ちが、少しだけ軽くなった。

これは、僕の過去を説明してくれる、一つの見方だ。そのくらいの距離感で、僕はこの研究を受け止めている。

第5章:だとしたら、どうするか

では、どうすればいいのか。

研究の枠組みを借りるなら、答えはシンプルだ。

お金の心配の総量を、減らすこと。

とはいえ、借金そのものは、すぐには消えない。返済には時間がかかる。

それでも、一つだけ、すぐにできることがある。

借金の全体像を、把握することだ。

あなたは、自分の借金総額を即答できますか。今日、書き始めよう

漠然とした不安は、際限なく頭の中で膨らんでいく。総額がいくらで、毎月いくら返していて、いつ終わるのか。それがわからないままだと、心配だけがリソースを食い続ける。

僕の場合、全部を書き出して数字にしたとき、不安が少しだけ「ただの数字」に変わった。

把握したからといって、借金が減るわけではない。

でも、漠然とした恐怖が具体的な数字になるだけで、頭の負荷は確かに下がった。「把握することから始まる」というのは、たぶん、そういうことだ。

お金とどう向き合うかについては、これまでにも書いてきた。返済と投資のどちらを優先するか。いい借金と悪い借金をどう見分けるか。今回の話は、その手前にある「心の話」だと思っている。

あのとき判断ミスをしたのは、僕の能力の問題ではなかったのかもしれない。

そう思えるようになったことが、僕には小さな救いだった。

もし今、過去の判断を思い出して自分を責めている人がいたら、伝えたいことがある。

それは、あなたの能力の問題ではないのかもしれない。お金の心配に、リソースを奪われていただけなのかもしれない。

だから、まずは心配を一つずつ、手放していこう。

その入り口は、いつだって「把握すること」にある。

複利の奴隷から、成り上がるまで。


Mani, A., Mullainathan, S., Shafir, E., & Zhao, J. (2013). Poverty Impedes Cognitive Function. Science, 341(6149), 976–980. DOI: 10.1126/science.1238041

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